近津神社(栃木市西方町本城)

神社

近津神社
(ちかつじんじゃ)
栃木市

近津神社は、鎌倉の世から地域を見守る西方郷十三ヶ村の総鎮守です
ゴルフ場の集まる地区に向かう県道沿いに大きな看板が立っているので、きっと目にしたことがあるゴルファーも多いでしょう。

ご由緒

鎌倉時代人皇第九十二代伏見天皇の御代永仁元年(1293年)に、西方城初代城主西方遠江守烏丸景泰が老臣に命じ、社殿を造営し宇都宮二荒山神社の御分霊を勧請、大己貴命、事代主命、武甕槌命を祀り、西方家の氏神、西方郷十三ヶ村の総鎮守として創建した。
(参照:境内由緒碑)

ご祭神

大己貴命(おおなむちのみこと)
大国主命(おおくにぬしのみこと)の異称。
少名毘古那命(すくなびこなのみこと)と協力して葦原中国(あしはらのなかつくに)の国造りをし、大物主命(おおものぬしのみこと)を祀って国作りを完成させたとされる。
因幡の白兎や国作りなどの神話に登場することでも知られる出雲大社の御祭神。

事代主命(ことしろぬしのみこと)
大己貴命(おおなむちのみこと)の子。
七福神の恵比寿大神とも言われ、葦原中国平定において国譲りの際に父大国主命に代わり武甕槌命(たけみかづちのみこと)と交渉をしたとされる。

武甕槌命(たけみかづちのみこと)
伊邪那岐命(いざなぎのみこと)が十拳剣天之尾羽張で火之夜藝速男神(ひのやぎはやをのかみ/火神カグツチ)の首を斬りおとしたとき、剣の根元についた血が岩に飛び散り生まれた剣神。
葦原中国(あしはらのなかつくに)では經津主神(ふつぬしのかみ)と共に大国主命(おおくにぬしのみこと)に国譲りを承諾させた。

ご神徳(ご利益)

開運招福 商売繁盛 産業繁栄

景色

参道

紅葉の季節に参詣したので拝殿に向かう参道には色鮮やかな落ち葉が積もっていました。

手水舎

参道左手にある手水舎の前には奉納されてまだそれほど年数が経っていないだろう狛犬と石灯篭が経っています。

拝殿

拝殿の前には大きい一対の石灯篭と、参道手前にあったそれとは違い年代を感じる狛犬が奉納されています。

神楽殿

参道右手にはきれいに磨かれたガラス張りの神楽殿と社務所が建っています。

境内

参道の左側には忠霊塔が、本殿の右側には境内社があります。

秋葉神社・豊年神社・天満宮・稲荷神社・厳島神社・雷電神社

アクセス

住所
栃木県栃木市西方町本城544−1
電話

駐車場
あり
最寄り駅
東武日光線:東武金崎駅から約2.5㎞

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